ラッタルを降りるたびに革靴が鉄板をたたく音が響く。
一人の部下に生徒の様子を見るように言いつけ、もう一人にはいい加減に仮眠を取るように言い渡す。
暗灰色で統一された艦内をすべる様に音もなく進んで、あてがわれた部屋に一人、ようやく腰を下ろした。
部下殺しの黒壁
一息ついたところで反復する耳障りを目を閉じて受け入れる。
すべて事実であり罪の形はあり続ける。
逃げることも忘れることも自分には赦されないのだと感じながら、先遣隊から送
られた資料に目を通す。
敵の大隊長は ―――よく知った相手。
初めてあった時にはどちらもほんの子供だった。
ヴェンツェルフ=マイヤー、柊華氷の名前を指でなぞった。
続いて目にしたデイモス・アスターの綴りを見て、記憶のそこから個人資料を思い出した。
あの日、彼はまだ十にも満たない幼子だったのだな、と考えて開きかけた蓋を強引に閉じる。
感傷に浸っている暇も罪にさいなまれ懺悔する余裕もない。あってはならない。
今、何よりも考えるべきは戦場を駆け命を張る大切な生徒、大切な部下たちのこと。
安全圏でのうのうと構えて何をしているんだ、司令官と言う立場を忘れるな。
唇の傷を吸いなおし、鉄の味をかみ締めてインカムのスイッチを入れた。
※!捏造注意!全編身内話!
深深と降り積もる雪に隊の足は止められていた。
数ヶ月前から激化したオースィラとの戦線。
勢いをつけるオースィラの進軍に圧されながら最終防衛ラインを維持し続ける事、三週間。
上の決定は防衛ラインを放棄、陸歩兵の撤退とともに空爆撃と言う最終手段ともとれる作戦に推移した。
だがしかし、アクシデントは起こった。
もとより北部の山岳地帯にあった戦線では頻繁に雪や吹雪が襲い、
両軍ともに疲弊しきっていた折に下した空爆作戦も自然の驚異の前に中止せざる得なくなったのだ。
ブリザードの続く中、生身の飛行部隊は勿論、空爆主力となる戦闘機を飛ばすことも自殺行為に繋がる。
後退の指令を受け順じていた中隊に作戦中止を報じ、それ以降両軍のアクションはとまっている。
命令から前線撤退を言い渡されたメアレイヒ軍は、
吹雪に足止めされ三個小隊からなる一中隊が本国と音信不通の事態となっていた。
「うーん、僕の力でも無理だな。恐るべし大自然ってやつ?ね、レタスさん」
「レタス少佐もしくは中隊長です。トラヴィス中尉小隊長」
生来の糸目をにこりともさせないカビゴン族の女性将校の隣で、
笑顔を振りまくユキノオー族の青年士官は灰色にうねりをあげる空を見上げた。
種族の特性を生かし、吹き荒れるブリザードを進み現状判断・索敵に出た両隊長は、
一人は己の能力で自然に働きかけ一人は通信機を片手に自軍との交信を果たすべく行動していた。
「別に二人っきりなんだからそんなに畏まんなくてもいいんじゃなかと僕はそう思う」
「少し黙ってなさい隊長」
慣れた手つきで通信機のダイヤルを回し、
アンテナを振り回す彼女の手からは時折電子音が漏れてはとまりを繰り返していた。
ブリザードは止む気配がないどころか更にひどくなっている。
今のうちに本部隊と連絡が取れなければ食料もそこをつきかけた中隊は全滅する。
隊を預かる身として焦り始めた彼女は、
指揮官が隊を離れると言う本来してはならない行為をしてまで、部隊存続の活路を求めていた。
現状さえ分かれば、情報さえあれば可能性はある。
祈る思いでダイヤルを回し続けた通信機が電波を受信したのはそんな時だ。
「<ガガ ――ょりシルバー、アイスよりシルバー>」
「アイスもシルバーもうちの作戦には無いコードネームだね」
「ええ。特殊部隊の電波を簡単に傍受できるとは思えませんし、考えられるのは」
「今オースィラの情報があってもなぁー」
通信機を持たない左腕を大きく振り上げ彼の腹に肘鉄を食らわせる。
彼とは長い付き合いで部下としてついていたこともある。
彼より昇進し上官となった今もこの能天気さには呆れる。
独自の処世術で、好意を寄せるに値する人格ではあるが、
今は戦場なのだということを理解して行動してもらいたいものだ。
実践になれば誰よりも頼りになる半面でオンとオフでのギャップが激しすぎる男へきつい視線を放った。
「敵軍の情報があれば逃げるにしろ攻めるにしろイニチアシブを握れるでしょう、馬鹿隊長」
「…レ、タスさん、素に、戻ってる。中隊長殿なんだから部下への暴力行為…反、対」
「いいから早くかまくらでも作ってください。雪を扱うのは得意でしょう」
腹に一撃を入れられた彼を尻目に、通信機に耳を傾ける。
ブリザードの音で聞き取りづらい通信を聞き続け血が凍る感覚が体を走った。
決してブリザード吹き荒れる大地に立ち続けたからではない。
「<――オーバー……シルバーよりアイス、メアレイヒ中隊捕捉。
ミッションは予定通り地点D-02、時刻一二○○より開始する、オーバー……>」
「せっかく作ったのにかまくら入ってる余裕はなさそう?」
「分かっているならさっさと戻りますよ」
時計が狂っていなければ、敵軍のミッション開始まで ――八十分
+++
つづく
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