全てにおいて生き残ることを最優先に

選抜クラス全科、総員大一種戦闘配備発令。
なんど見ても同じ文章。さすがの情報網というべきでしょうか、ね。
戦争を商売にしているなら当たり前でしょうけれど、彼女はまだ信ずるに値します。
今からお世話になる艦長以下のクルーよりは幾分も。

手にした令状と、いざと言う時のために用意した切り札を内ポケットにしまい重みのあるドアを開ける。
陸上配置は既に展開し始める頃ですね。
きゅっと唇をかむ。血も硝煙のにおいも土臭さもしない海上の司令部。
自分の血を飲んでみても、戦場を感じられない。やはり海上配備は昔から相性が悪いようです。

だから尉官で留まると言ったのに、あの人ときたら――

「サニせんせ、じゃ、なかった！サニ大尉！」

ふらふらと考え事をしながら歩いてはいけませんね。
呼び止められるまで気配を感じないだなんて。弛んでいますよサニー・L・トラヴィス。

「どうしました、エアリス教官」
「ぼけっと歩くのは感心しませんなぁ～ 大尉殿ぉ？」

軍学校就任後、初の戦場で学生時代より緊張 色濃いエアリス教官の隣で
髪をかき上げる彼女は目元にくっきりとした隈を作りながら何時もの笑顔で私に問う。

「バジル准尉も持ち場を離れて何をしてるんですか」

「アタシはこれから十時間ぶりに仮眠よ」
「あ、私じゃなくて、自分は大尉をお呼びしに参りました！」

わからぬ様にため息をひとつ。お呼び、ですか。
どうせ機械詰めのCICにでも呼ばれるのでしょうね。
どちらかといえばブリッジの方が好きなのですが、所属違いが我侭を言える身分でもありませんし。
戦局が動いていない今、賜る言葉はたかが知れていますけれど行かない訳にはゆかないでしょうね。





「アリスちゃんカッチコチねぇ～」
「ひゃぁッ」

すーっと背中を一筋。そんなに気を張りすぎてたらすーぐに船酔いしちゃうわよ。
大型戦艦が揺れないなんて嘘、誰が言ったのかしらね。

「や、止めてくださいっ バジル准尉っ！…仮眠とらなくていいんですか？」
「バジルさんでいいわよ」

隊長を呼びにきたアリスちゃん、どうやら作戦室 ―最近では海が見渡せる展望台みたいなところじゃなくて機械だらけの陰気な部屋らしいわ― に行くみたい。
隊長は昔っから海軍の人とは仲が悪いのよねぇ、海軍の子だって結構いい子がいるのにねぇ
ま、おっさん連中が隊長のこと毛嫌いしてるから仕方ないんだけど

「アリスちゃんはアタシがいた方が多分安心すると思うわよぉ？今のセンセ、すっごく怖いから」
「？」

隊長は生徒ちゃんたちの前では厳しくても優しい。
アリスちゃんも学校の卒業生で隊長の指揮下で作戦をこなした事だってあるだろうけれど、
隊長から「先生」の皮を剥いだらそれはそれは怖いのよ。

扉の前にある名前、CIC。なんの略かは知らないけれどここがこの船の作戦室。

「おや、遅いご到着で。教官殿は随分と悠長ですなぁ」
「申し訳ありません艦長。
陸から離れた安全圏では執るべく指揮もないだろうと判断いたしましたので、
CICを後にさせていただいたのですが、まさかこの艦で自分が必要であろうとは。
以後気をつけます。」
「……チッ、女狐が」

隊長はキュウコンじゃないわよ、艦長さん。

「ほうら、笑顔だけど背筋が寒くなるほど怖いでしょう？」

大げさに頭を縦に振るアリスちゃん。やっぱり見るのは初めてみたいねぇ
ま、何処の隊にでもいる堅物艦長さんな訳だけれど、なにも同じ任務で配属になることないわよねぇ
現状の報告を求められて一分の隙もなく隊長は応えていく。
正規の進軍は順調で、待機グループも問題なし。
陸の司令部との定時連絡は隊長の管轄じゃないのにそこまで完璧に応える。
艦長さんったらにべもなくあしらわれちゃったわねぇい

「艦は遊び場じゃない、軍学生たちにくれぐれも無闇やたら出歩かないよう指示願いますよ」
「心得ています。」

「部下殺しの黒壁が本当に把握しきれるのか怪しいもんだ。」

痛い。張り詰めた空気。
艦長さんてば、モテない男の典型ね。きっと。
十六年も前の話じゃない。

隊長は　――笑顔を崩さない。表情はぴくりとさえ動かない。
細く目が開いて隊長と目が会うと薄ら笑いしてた艦長さんはハブネークに睨まれたニョロトノになってたわ。

だから隊長、海軍の人が嫌いなのね